創業ストーリー#3:スタート地点 とことん落ちたからこそできること

創業ストーリー

複数回にわたって、代表である堤の半生とSTART&ACTION創業を紐解くシリーズの3本目です。

堤の語り口をなるべくそのまま残して書いています。

ついつい手を貸したくなってしまう、、、

そんなとても人情味あふれる代表の人柄についても少しでも知っていただければと思います。

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前回までの内容

勉強、音楽、と のめりこんで突っ走ってきた。

1回目の結婚で責任感が芽生えたのか、工場でのアルバイトからプログラマーとして会社員勤めを始めるようになった。

発達障がい故に感じる会社員生活への違和感がありつつ、スキルアップしていく。

障がいが理由となり1人目の奥さんと離婚し、それも契機となって東京に出てくる。

2回目の結婚をする人とめぐり会うが、福岡に残してきた子どもがどうしても気になるようになってしまい、相手を素直に愛することができなくなってしまった。どうにもしようがなく、離婚することに。。。

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「今日、出ていくから」

好きだという気持ちは残っているが、娘への罪悪感があってどうしても一緒にいることができなくなってしまった。。。

妻が出ていく日、家に帰ってくると、なにも、なにもなくなっているんですよ。

部屋の中からほとんどすべてのものが持ち出されていて、空っぽになっているんです。

そこでプツンと切れてしまって、涙が止まらなくなってしまいました。

今でも、涙が出てくる日があります。

「本当にこれでよかったのだろうか?」

「娘も好きな人も幸せにできていない。。。」

そこからは仕事も、なにもできなくなってしまいました。

会社では簡単な仕事に回されるようになったのですが、

精神科の病院に行ってみたら即入院することになりました。

強力な薬でよく寝れるようになって、

周りの人の支えという安心感もあって徐々に回復しました。

入院中は時間があるから、よく考えられて、気づいたんです。

23歳の時のように、なにもかもがなくなってしまったんだなぁ。

と、重荷も含めて0になった気がしました。

ADHDと診断されたことも関係していました。

突発的に行動することが多かったり、結婚や離婚が勢いになってしまったり、

固定観念にとらわれてしまったり。。。

20代の頃から自分が周りから浮いているように感じて生きづらさを覚え、

「やりづらいなぁ。。。やりづらいなぁ。。。」と思っていました。

発達障害と診断されて、「そうゆうことか!!!」と腑に落ちたわけです。

「それがあって、周りと合わなかったのか」と気づけました。

1LDKの空っぽになった部屋を見て、「また繰り返してしまっている。みんなを不幸にしてしまっている。。」と自分をさいなんで休職して入院して、0になった気分になり、

「自分らしくチャレンジしながら生きたい」と思っていることに気づきました。

振り返ってみると、”音楽をしていた”、”勉強を頑張っていた”

なにかにのめりこんでいるその時が一番輝いていたように感じたんですよね。

周りと同じように、会社員をして結婚してというのを幸せだと思って、その幸せのために頑張らなきゃと思っていました。

でも振り返ると、なにかにのめりこんでいた頃のほうが幸せなんです。

会社員という選択肢がないなら、起業するしかない、と。

では、なにをやるか、、、システム開発?

システム開発はいっぱいある。

その中で自分にしかできないことはなんだろうか?

この原体験を活かしたい。

”発達障害”があるような人たちの”生きづらさを解消”していきたいなと思うようになり、

「IT×就労支援をもう少し発展させて事業展開をしていきたい」というのが始まりでした。

そこからは突っ走り続けて、仲間をいっぱい集めました。

「動きながらやっていこう。まずはSTART&ACTIONだ。」と考えて、勢いで、事業戦略もなく立ち上げました。

心強い仲間が増えてきて戦略や仕組みなども補完してもらえるようになってきたことで、

事業内容もまた変わってくるかもしれません。

でも、今は、SESをメインにまずはやってみようと考えて動いています。

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