創業ストーリー#1:プログラマーになったのは

創業ストーリー

複数回にわたって、代表である堤の半生とSTART&ACTION創業を紐解くシリーズの1回目の内容になります。

堤の語り口をなるべくそのまま残して書いています。

ついつい手を貸したくなってしまう、、、

そんなとても人情味あふれる代表の人柄についても少しでも知っていただければと思います。

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START&ACTIONの創業と私の発達障害であるADHDは切っても切り離せません。

人生を通して、自分のADHDとの向き合い方を学んできましたし、今も向き合い続けています。

あなたは「ADHD」をご存知でしょうか。

発達障害の一種で、過度に集中してしまったり、あるいは、過度に集中できなかったりするような傾向があります。

私も1つのことにのめりこみやすく、中学校では勉強にのめりこみ学年で1位をとっていました。

それって今考えると、とてもすごいことですよね。

だれでも自分の個性でなにかしら輝くことができる一例なんだと思っています。

高校からは、人よりもよく見られたいという想いもあって、

「最新ぽいなぁ」とコンピューターを扱うところに進学したいと考え、

久留米高専に推薦で入学しました。

進学後、コンピューターにのめりこむのかと思いきや、

今度は音楽にハマって、キーボードにのめりこんだんです。

CDつくったり、ライブやったり。。。当然、勉強のほうは反比例で落ちていきます。

そうやって音楽にのめりこみ、周りとの関係性が薄くなるにつれて、レールの上から少しずつ外れていきました。

中学校の友達からは、「どうしたの????」と言われてしまうぐらいに。

高専の次の進学先として、「専攻科」というのがあり、そこに進学しましたが音楽がやりたいという理由で1か月で中退しました。20歳のころです。

その当時は自分がなにをやっているのか全く分かっておらず、ただただ突っ走っていました。

23歳になり、組んでいたバンドの仲間たちも徐々に離れていき、ふと気づいたら1人になっていました。。。

仕事もまともにしていない。

「自分はなにをやってんだ。」と、完全にすべてが0になった感覚があり、「また1からやり直そう!」と地元の工場でアルバイトをし始めました。

そこで1回目の結婚をする相手と巡り合い、

責任感が芽生えたのか、今までにやったことがあったプログラマーになりました。

SESとして現場に派遣される中で、経験を積みつつがむしゃらにコーディングして1人前になりました。

そのときの奥さんがいたおかげです。

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